恋にお寿司に音楽に

棺桶には寿司とCDと愛を入れてください

「ね、どっちが似合うかな?」

 

…彼女は白がよく似合う人だった。

そうだ、あの日も彼女は白い服を着ていたーーー。

 

  初めてのデートは少しだけ緊張した。バイト先の一つ先輩の彼女は「買い物に付き合って!」と半ば強引に僕の週末の予定を埋めた。

すぐさま周りの友人に自慢すると「それデートじゃなくて付き添いだろ笑」とからかわれたが、女性慣れしていない僕にとっては立派なデートなのであった。


郊外のショッピングモールの一番奥の店に迷わず進むと彼女は僕にそう訊いた。
「どっちも白じゃないですか」
怪訝そうな僕に彼女は一つも嫌な顔をせず続けて訊く。
「高橋くんは、どっちが好き?」
「強いて言うならそっちですかね」
彼女はそれを聞くやいなや嬉しそうに僕が指さした白のニットを店員さんに手渡した。


僕と彼女が付き合うのに時間はかからなかった。というのもほとんど強引に彼女に告白され、僕は断る理由を探すこともしなかったからだ。


それから僕達は季節が移り変わるその度に、色とりどりの思い出を重ねていった。


春。お花見に行こうと計画したあの日は大雨で、それでも彼女は明るかった。
僕が住む狭いワンルームにレジャーシートを敷いて、彼女はよせばいいのにわざわざカーテンを開けて外の雨を見せつけてきた。
「桜なくても美味しいね!」
彼女の笑顔が咲きほこる。
二人でお花見用に作ったお弁当を食べながら笑い合った。

夏は海水浴。
真っ白な砂浜ではしゃぐ彼女をみる父親の気持ちと
真っ白な水着を見たい僕の思春期が取っ組み合いの喧嘩をしていた。

水に濡れた彼女の笑顔はその喧嘩を見事に止めてみせた。

 

夜には浜辺でした花火で彼女の白いTシャツを焦がしてしまった時は流石に怒られるかと思ったが実際怒られたのはほんのちょっぴりだった。
いや怒られたんかい。


秋に紅葉を観に行こうとした時もそうだ。まるでお月様くらいあるバケツがひっくり返ったのかと思うくらいの雨だった。
彼女は雨女だと思う。僕がいつもそれをからかうと少しムッとした。
そしてその顔ははちみつを垂らして食べてしまいたい程に愛くるしかった。

 

 

冬は彼女が一番好きな季節だった。特に雪が降った日なんて遊園地に行くことが決まった子供のように喜んだ。
雪の向こうにみえる彼女は窮屈に思えたこの世界が宇宙より広がったんじゃないかと錯覚を起こすくらい飛び抜けて可愛かった。
「この子、冷凍庫に入れたら来年の夏まで大丈夫かな?」
くしゃっと笑いながら彼女は悴んだ手で作った不格好な雪だるまを冷凍庫に大切に置いた。

 

 

 

 

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二人で買ったお揃いのTシャツの襟元がヨレヨレになっていたのに気がついたあの日、ニュースキャスターは「今日は今年一番の猛暑です」と例年通りのセリフを手元の原稿を見ながらカメラ越しに言った。

そしてこの日は僕達二人にとっても忘れられない日になった。


日曜日は二人が唯一休みを合わせていた。
お世辞にも友達が多いとは言えないお互いの週末の楽しみは、二人で作った料理を食べることだった。
そんな当たり前の幸せを、幸せだと思い合える彼女を僕は大好きだった。

夕方になり彼女は洗濯物を取り込み終えると掃除機をかける僕に声をかけた。
「………〜ーーー!」
無論、掃除機の音で聞こえるわけもなく、僕は首を傾げながら耳に手を当てた。
彼女はふくれ面でジタバタしながら掃除機を指さしながら口元をパクパクと動かしている。

ぐぅ〜〜ん。と掃除機の元気が完全になくなる前に彼女は大声で叫ぶ。
「買い物行ってくるねー!」
「いや、もう掃除機止まってるから」
僕は困った顔のまま愛想笑いを浮かべた。
と同時に彼女に尋ねる。
「でも、いつもなら二人で行くのにどうして今日は一人なの?一緒にいこうよ」
「んーんユウくんは洗濯物畳んどいて!その間に買い物したら夕ごはんのあとゆっくりできるでしょ!」
それもそうだな、と納得し彼女を見送った。
今思うと何故一人で行かせてしまったのかと、悔やんでも悔やみきれなかった。


不器用な僕でも洗濯物を畳むのだけは上達していた。
継続は力なりだと、心から身にしみる。
ふと時計を見上げる。彼女の帰りが少し遅い。せっかちな彼女がのんびり者の僕をおいて行ったのだから、いつもより早く帰ってくるはずだ。

少し心配になった僕は靴のかかとを踏んづけたまま玄関を出た。
すると気づかないうちに外の雨足は早くなっていた。

この街唯一のスーパーマーケットへの道すがら、いつも人通りの少ない道路脇にぽつりぽつりと人だかりがある事に気がついた。
主婦などは口に手を当てしかめ面をしている。

何かあったのか、と視線の先に目をやる。

そして一秒も経たないうちに目だけではなく身体ごとグルッとそちらへ向けると裸で持っていた財布を落すほどに一瞬で全身の力が抜けていた。

財布も拾わずかかとを踏んづけたスニーカーを走らせ駆け寄ると目の前で交差点の端に横たわっている彼女がいた。
すぐそばにあった軽自動車はフロントガラスが割れ、電柱がめり込んでいた。

 


いつの間にか、雨はさらに強くなっていた。

 

 

 

 

 

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鏡にうつる黒のスーツを着た自分を見て歳は取るものじゃないなと痛感する。

実際歳を取ったし顔も老け込んでいた。
鏡の向こうで僕が冴えない顔をしているのも、今日を信じれなかったからなのかもしれない。


僕は彼女を愛していた。

誰よりも。

そしてこれからもきっと、愛し続けると心からそう思う。

僕と同じでだらしないネクタイも今日ばかりはいつもよりきつく締まっている。


「高橋様、高橋様〜?」
式場の人がドアの向こうでコンコンとノックをした。

「準備が整いましたのでこちらへどうぞ」
今まで参列する側は何度か経験しているが、いざ自分がとなるといささか緊張する。

程なくして部屋の前に着いた。
「どうぞ、お入りください」


ドアノブに手をかけた瞬間に自分の手が汗ばんでいることに気がついた。よほど緊張していたのだろう。
その緊張を悟られないように扉を開けた。

 

 

「ユウくん!」

彼女は全身から湧き出るようなその朗らかさで僕を迎え入れた。


案の定似合いすぎているその純白のドレスは今までで一番綺麗だと、そう思った。

 

……これは退院の日に聞いたことだが、あの日あと数センチ当たりどころが悪ければ命を落としていたと先生は言っていた。

不幸中の幸いで彼女とぶつかる瞬間に雨に濡れたマンホールでタイヤがスリップしたと聞いた。
雨女も悪くはないのかもしれない。


それでも全治三ヶ月の当の本人は病室で猫が飛び出したのを助けたかったとそれでも笑顔で話していた。
相手方のおじさんもとても良い人で、修理代だけで事を納めてくれた。

その日を境に買い物に行くときはしっかり手を繋いで二人で行くことにしている。
猫も、本当に気をつけてほしいものである。

そんなことを思い出していると名前を呼ばれていることに気がついた。
ぼーっとマネキンのようになっている真顔の僕に彼女が尋ねる。


「ね、似合ってるかな?」

「うん。とても良く似合ってるよ。世界一綺麗だよ」
僕がまっすぐ彼女の目を見つめながら言うと彼女は俯き、みるみる顔が赤らんでいく。


「顔、赤くなってるよ」

「うるさいっ!」

 

…彼女は赤もよく似合う人だった。